豆知識の罠

大分前のことだけんども、テレビ番組の特番で芸能人が豆知識をクイズ形式で回答していく番組を見た。
「トリビアの泉」が放送終了し、世間の豆知識ブームも収束しつつあるのに、まだやってる辺り感心するが、単に他に当たりそうな番組を思いつかないだけかもしれないと思うと、「もうちょっと冒険すればいいのに」とも思ってしまう。
まあ、それはさておき、番組内では豆知識自慢の芸能人が勝ち残り形式で勝負していくのだが、品川庄司の品川祐と東MAXのふたりが「ネットで『豆知識関係のサイト』みて勉強してるんですよ」発言をしていた。
豆知識の類なんて、勉強ってほど意図的に学習するもんではなしに、好きで何となく覚えてしまうもんだとわしは考えているので違和感を感じてしまった。が、それはそれ。それすらも今回の話の中心ではない(だったら「さておき」なんて前置きすんなよ…)。
 
きっかけは「豆知識のサイト」なのである。タイムリーな「納豆ダイエット」や「『女性は産む機械』発言」でもない、ましてや去年の夏にわしの脳裏に浮かんだ、「斎藤佑樹が汗拭くあのハンカチが、東MAXお得意の札束だったらすげー面白いのになあ」でもない。
品川祐、東MAXという豆知識通のふたりが情報収集やら勉強やらで見ているという「豆知識のサイト」に興味がわいてしまったのだ。
豆知識を学ぼうと思ったのではない。学んで、酒の席で女性と「硫酸の生産量 世界一の国知ってる? 中国だよ。」「私の心も溶かして~ん♪」といったような知的な会話をしようとかそういう不純な動機ではない。断じてない(なぜこんなに言い訳してるんだろ?)。ちなみに上記の豆知識(?)は本当。昔見た地理統計で中国は世界一だった。多分今もそう。
で、豆知識サイト。Yahoo!から跳んでいくと、エンターテインメントのカテゴリーにあったと思う。その中から適当に一箇所を開いてみてる。「まあ、話の種になるかもね」と、軽い気持ちで(実際なってるけど)。
そのサイトでは、ジャンル分けされてさまざまな豆知識が紹介されていた。ちょっと聞きかじった豆知識を確認するときには、きっと便利なのだろう。わしは別に本気で豆知識を覚えようなんて思っていなかったので、そのサイトの一覧の中でも下のほうにあった項目を開いてみた。そのコーナーはカテゴリー分けされた豆知識の紹介スペースではなく、「サイトを訪れた人から豆知識に関する質問を受け付け、その答えを他の回答者から受け付けて掲載するコーナー」であった。
「結構みんな質問するし、ちゃんと答えてるもんだねえ」などと思いながら、ページを流して眺めていると、一つの質問と回答が目に留まった。
「お祭りの掛け声で わっしょい わっしょいと言うのはなぜですか?教えてください。 」「「ワッショイ」は韓国語だと思う、
とのことです。」
……パッと見、何でもなさそうな質問とその回答。語源についての質問と、その解答である。しかしこれを読んで、わしは「ふーん」とは思わなかった。「うわ、これってトンデモのにおいがするな」と思ったのだ。
そこで、そのネタの出典となった本(上記の回答の前に、出典について明記してあった。あと、上の回答をした方の名誉のために書いておくが、他にも数説を紹介していた。)をちょいと読んでみる事にした。
そのまま地元の図書館のHPにアクセスして検索すると、幸運にも出典となった本が所蔵されていることが分かった。
その本のタイトルは『フシギな日本語』(李寧熙 文藝春秋)である。
まあ、長々と内容を説明するのもめんどいので、要点を簡単にまとめるが、この本の意図するところはつまり、
「日本語の起源は韓国語である。万葉集は韓国語で読むととてもいいものだ。」
ということ。タイトルをそのまま読むとちょいと日本語に関する豆知識でもありそうに見える辺り、タチが悪い。きっと先の質問の回答をした人もそのつもりで読んだ本なのだろう。大手の出版社が出しているしね……。

読んでみると、様々な言葉の日本語が韓国語を元にしているという主張のオンパレードである。
おふくろ=オボ(親)+グロ(なつかし)
いざや=イジャ(今)+エェ(行け)
どろぼう=ドロ(盗る)+ボ(人)
わっしょい=ワッシヨ(着きました)+イ(ね)  

・・・とまあ、こんな感じ。「いいんじゃないの?」って思った人もいるかもしれないが、日本語と韓国語を関連付けるために、古語やら方言やらを動員して、「(現代の)日本語と韓国語は音と意味がそっくりだ」と、こじつけているだけである。
もちろんこの手のエセ言語学には本家の言語学者が反駁している。同書内でも朝鮮語学専門家の菅野裕臣先生と筆者の、座談会でのやり取りが若干紹介されているが、筆者の「飛鳥」&「明日香」の語源に関する主張に対し、菅野先生は母音が違う旨反論。やり取りの中で、菅野先生の発言に「何度も申し上げているが」という前置きがあることや、「私には、これ以上は申し上げることがございません」と締めくくっている辺り、学術的に意味のない、不毛なやり取りをし続けきた果ての発言なのだろう。気の毒なことである
このようにご立腹の菅野先生の発言を受け、筆者が反省したかというと、同書内の少し後の箇所であるが「こむずかしいことをいい出してもはじまらないのです」とスッパリ。それどころか、「菅野先生にはもっとしっかり勉強していただきたいとお願いする次第です。」と書く始末。
不勉強は筆者のほうだろうに……。
 
まあ、そんなこんなで、いただけない本であった。まあ、予想していた通りの内容だし、時間をドブに捨てるようなものだということは覚悟していたので、さして怒る気も起こらない。図書館で借りた本だし。
本の最後には、近い将来に、現在ある『古事記』『日本書紀』『万葉集』の解説書は、『究極の珍本』『宇宙一の珍本』『ギャグ名作集』となるだろうと書かれている。1992年の出版から15年も経っているが、いまだにそんな話は聞かない。
 
中には(ってこのブログ読んでる人いるのか? いないな、多分)、「韓国人は剣道の起源も、ジャンケンの起源も韓国だなんて言ってた上に、日本語まで韓国産だとぬかすのか」と、ちょい右めに怒る人もいるかもしれないが、怒るこたぁない。その手のイタい発言はあくまで一部の人間の主張だろうし、似たような主張をしてる日本人もいっぱいいるのだ。ま、それについてはそのうち書くかもね。
 
……とまあ、「お花畑かと思ったら、そこは地雷原」てな感じで(どんな感じだ)、ふと覗いたサイトにさりげなく書かれたトンデモ豆知識。あくまで数ある説の一つとして紹介されているが、批判的な意見は書かれていないし、他の豆知識の多くは正確だろうからおっかない。カレーの中にうんこが入った感じだ(小学生レベルの比喩)。豆知識サイトを渡り歩いてみれば、案外この手の胡散臭いトリビア(「と」リビア?)が埋まっているかもしれない。
おまけ―
今回読んだ本『フシギな日本語』は、紹介文(?)でも書いたとおり、「万葉集は韓国語で読むととてもいい」が、もう一つの趣旨なのだ。筆者としては韓国語で読むのが「正しい」と言っている。
で、この本の中でもほんのわずかながら、短歌を韓国語で詠む(というか、解読)試みがなされている。
古に 恋すらむ鳥は、 ホトトギス けだしや鳴きし 我が恋ふるごと        
これは額田王の歌で、「古を慕うという鳥はホトトギスです。おそらく鳴いたのでしょう、私が慕っているように。」という内容だそうで、これで十分意味は通るし、きれいな歌だと思う。
しかし、筆者は「正しい」読み方をすると、この歌の内容は以下の二つになるという(万葉集は原文が漢文で書かれており、これらを韓国語で読むとどの歌も2首の歌になるというのが、どうやら主張らしい)。
「恋をしに宮滝にいくんですって。全く反逆ものですよ今こそ彼女もつらくて泣くことでしょう。まるで子供を恋しているようなものですからね」
「恋の行為をしに「武」に逢いに行くんですって。逆入れするのでしょう。今こそ彼女の肉体も泣くのでしょうね。私の恋のときのように」
・・・だそうである。1首目も正直詩的な感じはなく、平々凡々とした代物だと思うが、2首目は単なるエロ小唄である(「逆入れ」とは「逆体位」のことなんだとさ)。
これ読んで中学生の頃、同級生の神○君が歌った、シャ乱Qの「ズルい女」の替え歌(曲のリズムに合わせて、もてあました性欲をたいへん中学生らしく表現しただけのもの)を思い出してしまった。神○君、元気だろうか。

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