あるある大事典

開始以来、全くタイムリーではなく、自分内のどうでもいい事をテーマとした文章ばかり書いてしまっていた。
が、今回はタイムリーな話を書く。こういう生ものに近いネタは後々読み返すと面白いかもしれないので。
 
あるある大事典」。この事件を後々読み返したときのために少し細かめに書いておくが、フジテレビ系列の生活情報番組、「発掘!あるある大事典Ⅱ」において紹介された、「納豆を食べるダイエット」について番組製作会社が虚偽のデータ、コメントを使用していたことが問題となったのである。
件の「納豆ダイエット」が放送された後には、スーパーの店頭から納豆が消え、朝日新聞の三面記事になるくらい社会的影響があったのだが、肝心の番組内容はウソだったので、大騒動となり、番組打ち切りの事態にまで発展してしまった。
結局、その後も次々と「あるある大事典」でのインチキが暴かれることとなり、現時点で、「納豆ダイエット」、「レタスで快眠」、「かおやせ運動」などで虚偽のデータや不正行為が行われていたことが発覚している。
 
―んで、まあ いつものごとくマスコミの不正を他のマスコミがフクロ叩きにしているわけである。正直痛々しくて好きではない。こう書くと、まあ「マスコミとしての自浄作用」とか「社会的影響を省みないマスコミにあるまじき云々」と反論が出てくるのだろう。ま、報道するなといってんじゃない。庇ってやる義理もないし、商売としては敵なわけだし。
ただ、いつまでも紙面の広範囲にわたって続報を流されると、「マスコミの使命忘れてんじゃない?」とは思う。そんなに報道することがないほど世の中が静かだとは思えんし、もっと流すべき情報があるんじゃないのかと思ってしまう。
 
何よりも虚しいのは、「あるある大事典」が検証可能な、あるいはある程度学識のある人間からのコメントが必要な情報を扱っている上での不正だったから問題となったということである。
砕いて言えば「もっとインチキな番組なんざ腐るほどやってんのに、うかつに科学的検証やら学者のコメントやらが必要な情報でのインチキをやってしまったばかりに大騒ぎになってる」ということ。
細木数子やら江原啓之やらFBI超能力捜査官やら、胡散臭い人たちの情報を扱っていることは一切不問なのに、検証可能な情報を扱ったばかりに、こんなことになってしまっているのだ。
 
科学的な検証をパスしたというウソは、不確かな情報に絶大な社会的信用を与えているという点で、非常に問題があるのは分かる。だがしかし、ミニ宗教、ミニ教祖と化した細木数子あたりの発言は、科学的な検証をすっ飛ばして影響力を持っている。それに加えて徳光さん辺りの、アナンウサーというある種「社会の良識」としてのイメージの強い人間が、番組内であの手の人の言うことにいちいち頷いて見せている。こうなると、あの手の番組にはただならぬ社会的影響があるだろう。占い師一人のぬかした世迷言ではすまない。
 
だいたい、かの占い師やらスピリチュアルな人やら、超能力捜査官やらの言ったことが検証不可能なんて事はない。
これまでの発言との整合性、正当性を検証することは可能だろう。細木数子が番組内で披露した占いは、その多くが外れていることは周知の通りであり(谷亮子は金メダル取ったし、ライブドアと堀江社長は知っての通り)、同一番組内での占いやら発言やらを検証するだけで、他からわざわざ検証情報を持ってくる必要もないくらいのウソ情報が流れていることだろう。
超能力捜査官も同様で、「テレビのチカラ」というより「編集のチカラ」ってくらい、都合の悪い部分はカットされて放送されている。
厳密に録画画像を見て検証するのが最も良いが、テレビを眺めててチラッと映るスタッフの取った、超能力捜査官の言ったヒントのメモを目ざとく見るだけで、カットされたキーワードがどれほど多いかが分かってくる(大体、日テレのマクモニーグル番組って、何かがまともに見つかったことってある? 超能力捜査官の言ったキーワードとカスるランドマークが幾つか見つかって終わるのがパターンという気がする)。
 
結局のところ、「あんなものを信じる子はバカです」という社会常識のハードルが存在するから、「あの番組はインチキだ」という人間に対して「何ムキになってるの? 」の一言で済まされてしまっていると思う。ケチがつくまではさんざ持ち上げて社会的影響力を与えておいて、ケチがついたら「あれが根拠ないものだということは分かってるでしょ?」と、これまで与えた社会的影響力を撤回している。
こういう都合よく良識ぶる態度は非常にいただけない。マスコミで与えた社会的な影響力を、彼らの信用ならない発言を大々的に流した責任を、問題が起きた後「我々マスコミも騙されてました」の一言で、占い師やら能力者個人に帰属させる事が出来ると思うなら、それは大きな間違いだろう。彼らの言ったウソが、マスコミという巨大な存在をもってしても、見破れないほど精緻なものではないからだ。
 
わし個人が考えるに、視聴者に生活情報やら教養情報やらを提供する番組では、BPOあたりがレーティングを割り振ればいいのだと思う。
そしてそれをテレビ欄の番組名の前にくっつけて、放映される情報の信頼性についての度合いを表示するのだ。
A-この番組で扱われている情報は、公正で科学的な検証に十分耐えられる情報です。
B-この番組で扱われている情報は、様々な説があり、番組内で紹介されている説はその中の一説にすぎません。
C-この番組で扱われている情報とその番組内の検証実験・調査は実験室環境で行われたとは言えないため、あるいは統計学的にその有意性を証明できていないため、あるいはその両方の理由によって科学的な根拠があるとは断言できません。
D-この番組で扱われている情報は、科学的な検証に耐えうるような根拠には基かず、また多くの反論が寄せられている不確かな情報です。
と、まあわしの小さい脳で思いついたのはこんな感じ(即席だし、隙が多いかな…)。
Aは、科学的に十分支持されている情報を扱っている番組。例がうまく思い浮かばないけど、そう、「ためしてガッテン」で、お好み焼きに山芋を入れたとき、なぜおいしくなるのか(網目状の云々だったか)についてとかはいいのではないか。食べ物をおいしく感じる秘密についての番組なんかでは異説とかも少なそうだし(あったらごめんなさい)。あと、皮肉になるかも知れないけど、マジックの番組。
Bは、まあ歴史に関する説。これは結構ひとつの事象に対していくつも説がある(邪馬台国の場所とか)ので、なんともいえない番組。教養番組ではこれに属するものが多そうだなあ。「ふしぎ発見」あたりもこれかな? あとはそう、生物の進化についての説とかは結構色んな説があるみたいだから、そういうのもここに入るね。
Cは、今回の「あるある大事典」等が属する。あとは血液型に関する番組もここに入る。アンケート調査やちょっとした簡易実験などで信頼性を持たせようとしているものの、科学的には十分とはいえないものが属する。もっとも、今回発覚した「あるある」での不正は、この基準をもってしてもかばいきれないものもあるが。
Dは、超常現象番組、超能力者番組、霊視やら占いやらで社会的影響力を得ている人がメインの番組。細木数子・江原啓之の番組、超能力捜査官(こいつらって本当に暇だよな……)のもの探し番組がはいる。
 
テレビというのは日本人の生活にとって非常に大きな存在で、「テレビで流れている」というだけで非常に大きな社会的影響力をもっているし、信頼もされているのだ。こういう第三者機関によるレーティングや評価で情報の信頼性を示すことが必要になってきてるんじゃないかな、と思う。
マスコミの注力もあって、わしの好きなテレビゲームという業界にもレーティングというのが設けられ、ごく一部のものではあるが、18歳未満は購入できないゲームソフトというのが存在するようになった。
今度はマスコミが、自分達の扱う情報についてのレーティング設置を求めるように自ら働きかけるべきなのだ。喉元すぎれば熱さ忘れるような、一過性のマスコミの叩き合いなどではなく、後々に残るような、戒めを形にしたものを残さなくてはいけない。でなければ、結局同じことは繰り返されるし、「あるある」叩きというブームに便乗してるだけといわれても文句は言えないのだ。
あー。なんかまじめだ。いかんいかん。
うんこうんこうんこうんこ。
うん、これでよし。
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