二つのドラマ

決してタイムリーな話ではないのだが、わしが好きなドラマにCSI:科学捜査班」というのがある。
アメリカで製作されているドラマシリーズで、タイトルの通り、科学捜査班による事件・事故の捜査がメインのサスペンスドラマである。ちなみにCSIとは、Crime Scene Investigation の略であり、訳すると「犯罪現場捜査(あるいは調査)」というのが妥当か。
アメリカでは非常に人気が高いらしく、数シーズン(現時点で5?)も製作されている上に、舞台となる都市とメンバーを変えた「CSI:マイアミ」や「CSI:N.Y」なんてのもある。それらも数シリーズ作られている(シーズンの変わり目には、それらの異なるシリーズの捜査班が都市をまたいで、共同で捜査する話も作られる。マジンガーZの最終回にグレートマジンガーが出てきた感じ)。
一方、日本にもそういった科学捜査をテーマにしたドラマはある。連続ドラマでは「科捜研の女」がそうだし、2時間ものでは「法医学教室の事件ファイル」などがそうだ。2時間ものになるともっといろいろある。
でも、日米のドラマもひっくるめてみても、少なくとも科学捜査もののドラマでは、わしは圧倒的に「CSI:」シリーズを支持する。なぜか?
 
ここから先は日本の科学捜査物と「CSI:」の比較になる。アメリカ産の科学捜査ものではこのシリーズしか知らないというのが理由だ。もし他にもアメリカ産の科学捜査ものがあるならぜひ見てみたいところだが。
日本の科学捜査ものと「CSI:」はどう違うのか、興味なくても読んでほしい。……読んでください。
 
■「班」か「独断先行」か
「CSI:」は班で捜査している。科学捜査班のメンバーが活躍する。話によってはメンバーの誰かがスポットを当てられ、誰かが補佐役だったり出なかったりだ。時に助け、助けられ、ちょっとメンバー同士の諍いがあったり、チームで捜査していることが物語の前提としてある。チームワークの話なのだ。
それに対して日本の科学捜査ものではそうはいかない。主人公が明確に定められており、主人公の所属する班には他の捜査員、研究員がいるが、完全に脇役。しかも、ただ脇役ならいいのだが、この手のものは必ず主人公が孤立する。組織の方針というものに、主人公はほぼ確実に反して単独捜査をして、最後に真実を突き止める、という筋書きなのだ。このパターンが非常に多い。同じチームにいながら、足をひっぱたり邪魔したりと、そんな話なのだ。
そういう話の構図が、良い悪いではないのだろう。多分わしはその構図に飽き飽きしてしまったのだ。そういう形式の話が多すぎる。
 
■主人公の慧眼
先ほどの日本の科学捜査ものの話になるが、主人公が孤立する理由というのも、どうにもいただけない。
「勘」が多すぎるのだ。勘が悪いとは思ってないし、非科学的だとも思ってない。勘とは経験から来るものであり、蓄積された経験と、現在向き合っている事実との食い違いが、はっきりとは分からない違いが、「勘」として警告しているのだと、わしは解釈している。
だがしかし、「主人公が組織の方針と相反する」という形をくみ上げるために、すぐに勘が出てくる。科学的に微妙な狂いが生じているのに、それを無視して捜査が進められている、とかそういうパターンがあっても良いだろう。
「CSI:」ではそれがない。日本のもののように天才的な鋭い勘をもった捜査官はいない。科学捜査班のチーフ(ほぼ主役格)でさえ、そういう勘は持っていない、初動捜査の時点での読みや見立ては鋭いが
結構ミスもする。物語の、捜査の始まった時点で捜査班が犯人と目していた容疑者は、その後の科学検証で無実であることが結構ある。時にはチーフが凄まじい捨て台詞で(「必ず、逮捕して見せる」とか)逮捕予告していた人物が、真犯人ではなかったりする話もあった。もっとも、別件で有罪だったりするのだが。科学的で、事件に対して客観的でいようとする姿勢が、物語の中に見られるのだ。
日本の科学捜査ものは、主人公の主観(「あの人があんなことするなんて信じられない」等)が非常に重視されている。結果としてそれが正しいことが物語の中で証明されていくわけだが、捜査手法や技術が科学的でも、スタートが科学的であったり、説得力があったりしないのだ。
そういう話が多い。というかほとんどだ。それにもわしは飽きているのかもしれない。
人情話も多い。なんていうか説教臭いのだ。他の人たちはいい加減、ワンパターンだとは思わないものか。科学捜査でありながら、話の流れは「はぐれ刑事」のころのままなのだ。
 
とまあ、わしが「CSI:」と比較して日本の科学捜査ドラマに持つ不満はこんなところである。逆にいえば、それら不満点をなくした作品ならかなり楽しめるだろう。
 
もちろん「CSI:」にも不満はある。一つは主人公格のチーフ(「CSI:」ならグリッソム、「マイアミ」ならホレイショ)が、人物として高潔すぎるのだ。いわば二人は「理想の上司」なのだが、立派すぎる。人格としての欠点の一つもほしいところだ(人格でなければ、グリッソムは聴覚、ホレイショは死んだ弟の妻との関係などはあるのだが)。そういいつつも、「捜査に協力し、人の役に立ちたい」と考えていた知的障害者の情報提供者が殺害された事件で怒りに震えたホレイショに、わしはグッときたんだけど。
もう一つは、性的な描写、性に関わる事件が多い点だ。事件現場で精液の痕跡がしょっちゅう発見される。ちとこれは家族で見るにはきつい。
「CSI:」も、これらの点(特に性描写)を改善すれば、もっと日本でも人気が出ると思うのだがなあ。
 
おまけ――
わしが一番最初に見た「CSI;」シリーズは「CSI;マイアミ」である。捜査班には何人もの捜査官がいるのだが、そのなかでも小太りで皮肉屋だけど、仕事には真面目な「スピードル」というキャラがお気に入りだった。シーズン2の終盤の話にあったポルノ女優とのちょっとしたロマンスの気配(結局付き合わない)なんかも「コイツいいやつだなあ」感があって、すごくよかったのだが、シーズン3の序盤の事件で殉職してしまうとか。すげー悔しい。
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