公平な実験

今週の月曜日、日本テレビの番組「ゲツヨル!」にて、100万ドルをかけた超能力チャレンジが行われた。
この超能力チャレンジ、テレビ局の思いついた企画ではなく、ジェイムズ・ランディというマジシャンが主導で行っているものをテレビ局が紹介するという形である。
この100万ドルの超能力チャレンジ、この手のオカルト方面の本を読んでいると超能力懐疑者側の出すエピソードとして有名である。
ジェイムズ・ランディは超常現象懐疑派団体CSICOPの創設者の1人で、ユリ・ゲラーの超能力のトリックを指摘して訴えられたりしている人である(そのためCSICOPから脱退)。
この爺様と協議して決まった環境、条件下で、疑いようのない超能力を示した場合に100万ドルが進呈されるというものだ。
今回テレビに出て挑戦するのは、精霊の声が聞こえ、遠隔透視と未来視が出来るというおじさん。このおじさん、封筒に入れた紙に描かれた絵を遠隔透視で当てて見せた。テレビスタッフが描いた三枚の絵のうち「家」の絵を描いた物を当てて見せたのだ(スタッフの書いた絵は煙突のついた家。おじさんが描いたのはおじさんのイメージする日本風の家)。ランディが言うには「絵を描けといわれた人の80%は家の絵を描くもの、残りの10%は三角などの図形」とのこと。それにしたって3枚のうち一枚をランダムに選んだ結果のことだから、何かあるのではと思ってしまう。
 
ランディが言うには、自称超能力者のうちには、本気で自分が超能力者だと思ってしまっている人もいるらしい。自分が知らず知らずのうちに使っているトリックを本当の超能力だと思い込んでしまっているとか。VTRで紹介された磁石男なんてのは、トリックといっても高等なものでもないので、もしかしたら自分の体にアイロンが引っ付く「仕掛け」に気づいていなかったのかもしれない。
今度のおじさんも、超能力があると思い込んでいる人かもしれない。何しろおじさんは弁護士。超能力なんて危ない橋を渡らなくても、十分に潤った仕事と生活が出来るはずである。むしろこういう仕事と超能力者の肩書きがかみ合わせが悪いようにも思われる。超能力業界に足を踏み入れずともお金を稼ぎ出すことが出来る人なのだ。
 
そして今回の超能力チャレンジ。
チャレンジの内容は、ランディが用意した20枚の封筒に入った絵柄を当てるというもの。「強制的選択」という実験だそうである。
20枚の封筒に入った絵柄は被験者である精霊おじさんにも、立ち会うことになった番組出演者にも分かるように張り出してあり、それぞれの絵柄にはっきりと名前がつけてある。
おじさんはこの20枚の封筒の中身を透視し、その名前を封筒に書くというもの。
これだと透視した絵についての曖昧な絵柄でごまかされることもないし(絵柄が一致しているかどうかの解釈で話が混乱しない)、また封筒の絵についても名前がはっきりと定義されているのでごまかしようがないのである(たとえば「サッカーボール」と「リンゴ」が回答にあるのだが、「丸いもの」などと抽象的な回答をされたときにどっちであっても正解ということになってしまう可能性があるのである。回答する名詞がはっきりしているのであればこういうことがおきない)。
おじさんが当てなくてはいけない絵柄の枚数は20枚中5枚以上(確率389分の1)
5枚以上的中させることが出来ればおじさんには100万ドルが進呈されるという。
普通の人間であれば、確率的に1枚当てるのがせいぜいだという。
 
で、チャレンジ。結局おじさんは20枚中1枚を的中させることしか出来ず、おじさんの能力は超能力ではないという結論に至った。おそらく単に「よく当たっている」と思い込んでいただけなのだろう(封筒内の紙に描かれた「家」の絵を当てることを、何も知らずに繰り返していれば、そういう思い込みもあるかも)。
ここで、この実験において噴出してくる意見として、「超能力なのだから20枚全部当てて見せろ」という意見がある。この番組を一緒に見ていたわしの親父もそれを口にした。
しかし、それは乱暴な話なのだ。「超能力だから100%当てる」というのは、超能力の定義のうちではない。20枚中19枚を当てて1枚をはずしたら、それは超能力ではないのだろうか? ただならぬ現象であることは間違いないだろうに。正直半分当たったら、びっくりするだろう。
この「偶然の範疇と思える結果」と「偶然では片付けられない、ただならぬ結果」の線引きは重要である。何枚当てたら「普通」ではないのか。20枚中5枚という条件は、二人の間で取り決められた「ただならぬ結果」の基準なのである。389分の1という、統計学的に通常起こり得ない現象である。それが起こせれば、おじさんには(精霊の実在はともかく)なにかすごい能力があるということになる。もちろん、トリックはないか、ランディの課した条件に穴があったのではないかという議論も起きるのだが。
全部当てろというのは科学的とはいえない。この条件を口走った人は、おじさんが19枚当てても、ケチをつけそうである。
行われた実験は、超能力を否定するために行われたのではない。おじさんの能力が平凡なのかそうではないのかを試すものなのである。結局平凡だったわけだが。
番組で声を当てられたランディの発言は、超能力などこの世に存在しない、という強い口調のものだったが、実験に対するランディの態度、条件はきわめて公平で科学的であった。こういう態度は見習いたいもんである。
番組のエンドロールにて、ナレーションが「テレビの歴史は不思議なものを面白がる歴史だ」とか「惑わされるかどうかは個人の手にゆだねられるのである」とか、超能力の可能性についてつらつらいっていたが、編集の力で自称FBI超能力捜査官を超能力者に演出させて見せているテレビ局がなんと言おうと響くものがない。こういう態度は見習いたくないもんである。
 
おまけ――
この手の、エンターテイメントとして超能力だのオカルトを扱う番組は、最終回でいんちきを暴露したりする番組は結構ある。
かつてテレ朝でやっていた「これマジ!?」でも、最終回でミステリーサークルの種明かしをやったりしていたし、年末に「世界はこうしてだまされた」などを放映している。番組の最後や年末に、否定的あるいは懐疑的なものを放送すれば、それで放免されるとでも思っているのであろうか?
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