追儺の鬼

秋葉原無差別殺傷事件から2週間が経過した。
世間では「悪役探し」報道も沈静化し、メディアでは別の事件を取り上げるようになっている。
今回注目を集めたのは派遣会社で、格差社会が事件の温床だというのが大勢の見方である。まあ、中にはゲームやネットを温床だとする報道機関もいたが、犯人の携帯サイトへの書き込みから考えると、ゲームを原因とするには無理がある。
だが、しかし派遣会社や雇用形態の不満、不安が原因だとしても、事件の現場が秋葉原となってしまうと、それらの原因が事件を起こしたすべてではないのだろう。
職場での不満が原因なら、無関係な人間を無差別に襲ったというのはなぜなのだろう?
結論から言えば、わしには「わからない」が答えである。
 
職場のトラブルなら仕事場で事件を起こした、というほうがよっぽどわかる話なのだ。
結局のところ、彼の職場でのフラストレーションは「引き金」に過ぎず、雇用形態と労働実態といったものとは無関係に起きたんじゃないかと考えている。
もちろん派遣社員の人たちの労苦は、こういう事件とは無関係に考えられるべき問題なのである。
そして理由は何であれ、彼の犯した行為は自分勝手な行為で、もし同情すべき理由などというものがあっても、裁かれなくてはならないのは当然のことである。
 
「悪役探し」というものほど不毛に感じる作業はない。
今回の事件でサバイバルナイフに対する規制がしかれる可能性が出てきたが、それで事件の件数が未来において抑止されると思う人間は少ないはずだ。
凶器になったのが今回殺傷能力の高いナイフ(あと車)であったというだけで、事件そのものがナイフによる事件ではないからだ。
単に今後誰かが人を傷つけようと思ったときに選ばれる凶器としてナイフが選ばれにくくなる、というだけで、事件そのものは何らかの凶器を持って実行されるだろう。
大体、凶器は車でもあったわけだし。
サバイバルナイフを鑑賞用としている大概の人ががっかりする、というのが関の山だ。
 
こういった事件が起こるたびに「悪役探し」が行われるのはその行為に2つの役割があるのだとわしは思っている。
ひとつは「追儺の鬼を見つける」ということ。
もうひとつは「異常者と認定すること」だ。
 
「追儺の鬼を見つける」というのは、このたびの事件の(ひいては社会にはびこる悲しい事件の)明確な根源を突き止め断罪すること。
これは芋蔓式にこの社会の不安の大部分が取り除かれる、というような一種宗教のような考えに基づいた行為で、よく揶揄される魔女狩りだ。
マスメディアでこれと定められる悪役はゲームで、さまざまな事件の悪役探しでゲームが挙げられるため本当にこの世からゲームがなくなれば、こういった問題がすべて雲散霧消すると思っている無邪気な人も多そうだ。
もし凶悪犯罪を犯した人間にA型が多かった(あるいは全員A型だったでもかまわない)場合、我々はどう理解すべきだろう?
答えは単純、「犯罪と血液型に関連はない」である。
日本人のうち、血液型がA型は4割ほど。数字直せばだいたい5千万人。
その0.01%にも満たない人間が犯罪を犯したところで「A型は危険な人間の集団」と断定できるだろうか?そうではないだろう。
ゲームや漫画といったサブカルチャーを悪役に認定して批判するというのはそれと同レベルの話だ。
 
もうひとつの「異常者の認定」とは、つまりこのような犯罪者は自分たちとは違うんだ、という線引きを求めての行為だ。
自分たち「正常な人間」は、凶悪犯罪を犯した「異常な人間」とは共通項がないのだ、と思いたくて自分にはない、犯人の趣味・嗜好を探しているのではないだろうか。
自分たちと犯罪者では共通するものがない、理解できない存在なのだということでそういう「特異性」見出そうと足掻いているように思える。
 
正直凶悪犯罪を行った人たちの言い分が納得できないのなんて、大概の人間がそうなのだ。ゲーム好きの人が起こした動機を同じようにゲーム好きだったら理解できると思うのだろうか?
趣味・嗜好が同じだが、犯罪を起こした人間を身勝手だと思うのは当然だし、共感なんてしない。
かつて監禁王子事件に関して、「同じ調教系ゲームのユーザーは弁護してやれ」という論調の記事(確か対談方式)を読んだことがあったが、それは乱暴な話である。実際に犯罪に手を染めて本当に女性を泣かせたきた監禁王子と欲望をゲーム内で治めている人は、おなじゲームをやっていたとしてもそれは同好の士ではないだろう。「性欲ある人間なら、性欲に従ってきた強姦犯を弁護して当然」といってるのと大差はない。
 
解りやすい枠組みや線引きに頼って物事を単純明快に断じることは実に楽なことだが、それは逃避だと思う今日この頃である。
 
おまけ――
若者の凶悪事件が起こるたびに、その人格を文集に求める、というのが最近の流行のようだ。
ニュースでは彼が高校時代に書いたという文集を発掘し、"「ワタシはアナタの人形じゃない」赤い瞳の少女(3人目)"と言う記述を見つけてきたとか。
これってエヴァの綾波レイだよね?
このセリフにシンパシーを覚えたのかもしれないし、そうじゃないかもしれない(単にレイがすきってだけかも)。
このことは多くの人が気づいたと思うんだが(エヴァは社会現象にまでなった超人気アニメだし)、報道ではそのことにまで言及するわけでもない。
恐らくタネが明かされればその記述の異常性が一気に薄れてしまうから避けたのだとすれば、そっちのほうがよっぽど怖い。
 
あと、同級生のインタビューで「キレるとこわかった」っていうのがよくあるけど、それって普通。
怒って怖くないってのはすっごい可愛い人。むしろそっちのほうがレアだ。
 
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