水と絵本

ほたるいかの書きつけ 『教育現場に水のメッセージを』(『Hado』9月号)
という記事によると、関東地区女性校長会という会に「水からの伝言」(通称:水伝)の著者で、例の「きれいな言葉をかけると、水はきれいな結晶になる」などという戯言で世間を騒がせた江本勝氏が講演をしたらしい。こんな事態になっているなら、過去形はふさわしくないのかなあ?
 
現時点でこそ「よい言葉」→「きれいな結晶」という図式のみで世間に流布されているが、もしこれが本当に科学的事実に基づくなら、「きれいな結晶」→「よい言葉」という考え方もできるわけだ。対偶じゃないからだめかな?
「きれいな結晶」→「よい言葉」という考えに基づいて言葉を調査したというアレな人は今のところいないわけだが、この先でてこない保証もない。
まあ実際にそうなったら、亀の甲羅をあぶってそのひび割れ具合で政治の行く末を検討した呪術国家的な展開が待っていることになる。
「イラク派兵」で結晶が壊れたからイラク派兵をやめる、とか。
こんなおめでたいことを出席者の女性校長全員(約120名)が全員支持しているとは思いたくないわけだが、同ブログによると7000冊の「水伝」絵本が小学校から発注されたとのこと。
この絵本の内容も(Webで見られるよ)一部に実験じみたことをやって見せていて、単なるファンタジーという領域では済ませない様子である。
 
で、その「実験じみたこと」の内容はというと・・・・・・。
ベートーベンの「田園」を聞かせたときの結晶はきれいだとかなんとか。わしは子供のころ、「運命」が怖くて嫌いだったのだが、「運命」はどうなるのやら。
ほかには命令口調の「しなさい」はだめで、「しようね」はいいとか(何をするのでも「しようね」だったらいいのかね?「オヂさんとあっちの隅っこでいろいろしようね?」もOK?……って。自分で書いててアブナイな)。そんな程度のことである。よくまあ信じるものだ。
 
絵本は最終的に地球規模の環境問題に収束していって、「だから、みんなで はじめよう。できることから はじめよう。」となっていく。
絵本の文脈から見れば、よい言葉遣いというのが「できること」に該当するのだと思うが、環境問題を挨拶運動で何とかする気なのだろうか。
環境問題に対する認識を誤った方向に導いていきかねないという意味でも、この絵本はお勧めできない。
 
おまけ――
同ブログによると、件のコトを掲載した雑誌に、羊水を5万倍に希釈したものを結晶にして撮影したという記事もあったらしい。
「羊水に子供の写真を見せた」という記述もかなりあれなんだけど……
 
それって羊水というよりほとんどただの水だよね?
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