スーパー系

いわゆる「ロボット物」には「スーパー系」と「リアル系」がある。

テレビゲームとして長くファンの支持を集めている「スーパーロボット大戦」シリーズによって区別されるようになったという。

定義が明確にされているわけではないが、スーパー系はロボットが敵に有効に対抗できる唯一の手段であったり、ちょっとやそっとではへこたれない頑丈さ、必殺技がある、操縦者が技名を絶叫しながら攻撃(作品によっては脳波コントロールや音声認識システムなどといった理由付けがなされている)、物理法則を無視した動き、大きさなどが特徴として挙げられる。
対するリアル系は、ロボット(作品ごとの一般的な呼称が違う)がごく一般的な兵器の一つとして存在する世界観、量産型で大量に同型機が存在したり、数発被弾すれば壊れてしまうくらいの強度であったりする。「リアル系」の走りといわれる「機動戦士ガンダム」では、主人公の搭乗機が修理中で出撃できなかったり、ほかの人が勝手に操縦したり、時限爆弾で破壊されそうになったりと、単にスペックというだけでなく、作品中の扱いも「乗り物」としての性格が強かった。
「装甲騎兵ボトムズ」では、ロボット(作中ではAT<アーマード・トルーパー>と呼称)は主人公の乗機を含めて完全な大量生産品であり、主人公キリコは乗っては壊しを繰り返す。この作品ではロボットに特異性は見られず、その代わりに主人公が猛烈に特異な存在となっていた。

科学考証に力を入れているという点でリアルロボット物は高尚なイメージ、あるいは頭よさげな雰囲気みたいなものはあるが、そもそも人型の巨大兵器が無理だし、ロボットはあくまで物語の舞台装置なので、どっちが高級ということはないだろう。

実際のところ、リアルロボットとスーパーロボットの明確な境はなく、演出を派手にした結果、あるいは登場人物と乗機を徹底して一致させた結果、主人公機の無敵さ加減を表した結果として「スーパー系のようなリアルロボット」というものも少なくない。
それは「ガンダム」シリーズなどにおいても「W」や「G」、「00」などで主人公機が固定になっているし、「新世紀エヴァンゲリオン」や「機動戦艦ナデシコ」では機体を防御する「ATフィールド」や「ディストーション・フィールド」などバリアの役目を果たす存在が「機体自体は常識的な強度だが、作中で簡単にはぶっ壊れない」設定として活きている。
特にエヴァンゲリオンにおいてはスーパー/リアルの位置づけをあいまいにさせていると思う。

で、それが一体何の話かというと、別にロボット物の魅力について語るのが本題ではない
ただ、リアル/スーパーという概念は、あいまいなものであり、あえて分けるとするなら、作品として考証と演出や見せ方の重心の置き方にあると思う。
作品として主人公を際立たせたり、壮大なテーマを追いかけていけば、自然とスーパー系によっていくと思うし、物語を登場人物の等身大な人間像のドラマにしていけばリアル系になっていくように思える。

見せ方にこだわって、考証に目をつぶっていけばスーパー系よりになるとおもうのである。
これはなにもロボット物に限らないと思う。
物語をドラマチックにしたくて(あるいは単に取材不足か)考証に指摘されるところが多かった「恋空」(読んでない)は「スーパー系ラブストーリー」だろう。

このような(強引な)解釈をしていくと、とあるシリーズはスーパー系になる。

「空想科学読本」シリーズである。
特撮やアニメ、映画、昔話などで描かれた現象を科学的に突っ込むというこのシリーズ。一通りのメジャー作品をネタにしたためか、いまでは歌の歌詞や随筆など、明らかに人文学的な、自然科学の範疇外ものまでネタにひっぱっているようだ。
SF作家の山本弘氏によって資料のいい加減さや、映像の解釈の強引さなどが指摘されているが、これはおそらくこのシリーズがスーパー系であるためなのだろう。

読み物としての面白さを追求するため、あるいは本が「ツッコミ」ものとして成立するために、正確さに目をつぶっているのである。
実際、その様に「空想科学読本」シリーズを擁護する意見も散見される。
面白さが重要なので、不正確さに目くじらを立てるのはいかがなものか、と。
もちろん「科学的に突っ込みを入れる」というコンセプト自体が普通に考えると、正確さが重要なリアル系なので、矛盾がある。
特撮やアニメに詳しい人だからこそ、この不正確さに気づいたわけだが、かのシリーズはそうでない読者が大半であろう(だからこそ先に挙げたような擁護意見がでてくるのだろうが)。
そういう不正確さに気づかない人にとっては、「空想科学読本」の情報がすべてだろうし、その検証が妥当だと考えてしまう可能性が高いので、気をつけなくてはいけない。
空想科学読本は、「リアル系」ではなく「スーパー系」科学読本なのだ。
どのくらいスーパーなのかは諸説別れると思うが、グレンラガンくらいじゃないかなあ。

おまけ――
「天元突破グレンラガン」は名作である。
「あえて」リアルさを排除していき、その排除した分の何倍もの「熱さ」と「ドラマ」をみせている。
あの熱さが女性に伝わるものかはわからないが、男には間違いなくお勧めである。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中