認識するチカラ 【追記あり】

『ヘイトスピーチ』の記事でも書いたし、ユダヤ陰謀論をやっている以上当たり前というところもあるのだが、リチャード氏は差別的な発言が多い。

11月に入ってそういった差別的な発言の是非について、リチャード氏のブログ内で少しばかり議論が熱くなったので、ちょっと書くことにする。

 

◆陰謀だから仕方ない?

今回話題の中心とするのはこの4つの記事。

「ハーフのタレントやゲイについての発言は差別的におもえる」?
今日も快調だな。
意味が分かりません。解説乞う。
「芸人・ホモ・混血児。芸人・ホモ・混血児」

今回の「差別かどうか」についてリチャード氏が書くことになったきっかけは、コメント欄での書き込みである。
陰謀論云々ではなく、差別的な発言にちょっとついていけなくなってきているというものであった。

その後、この「差別かどうか」についてリチャード氏はあとに続くの3つの記事で取り上げ、自分の発言に対する認識を説明している。

ホモについて言えば、世界権力や政界に「その方面」の趣味者が勢力を持っていて、自分の属する世界に市民権を与えようとした結果が、ホモの頻出ではないのか?
「ハーフのタレントやゲイについての発言は差別的におもえる」?

これらの我が国最下層の品性下劣なクズ集団(※引用者注「似非右翼ホモ」のこと)が、永田町の政治家のなかの「ホモ閨閥」と繋がり、「永田町ホモ界」のアイドル政治家の中には総理の座にのぼるものすらあるという事実に愕然としています。政財界のホモ趣味者老人が、お気に入りを近くに呼び寄せ慰み者にした挙句、政界のトップに引き上げてやる….そういった社会構造が出来上がっていると勘繰っているからです。
社会の上層部にそんな秘密の花園が出来上がっていれば、支配者の御意向に応じて、電通がテレビに次から次にホモを出演させるのも不思議はない。そう考えて、「ホモ・ホモ・ホモ」と繰り返したのです。
「芸人・ホモ・混血児。芸人・ホモ・混血児」

同性愛者については、政財界にそのすじの方が多いらしい(だれだよ?)。
ネットジャーナリスト リチャード・コシミズにはよくあることだが、証拠はない。
もしかしたらあるのかもしれないが、それを一切示していない。

芸人やハーフについては以下の通り

「芸人」については、刹那的ですぐに忘れられる、何も残らない時間の浪費的「芸」の連発が日本人を愚民化する手口として採用されている。若者が芸人ばかり目指してもらっては困る。
「芸人・ホモ・混血児。芸人・ホモ・混血児」

混血児については、「日本乗っ取り後の白人優位政策」の種まきであるとみています。混血児は美しくスタイルがいい。外見が日本人より優れている。これから大挙して入ってくる予定の白人への崇拝心を醸成しようと企んでいるとみたのです。
「芸人・ホモ・混血児。芸人・ホモ・混血児」

311、TPPを契機に白人、ユダヤ人勢力が日本に大挙して入り込んでくる計画がある。つまり、日本に寄生する道を生き残りの一つの手段と考えているのではないか?その際、白人的要素を持った混血がTVでもてはやされていれば、「白人優位」「白人崇拝」を日本人の間に植え込める?日本支配がやりやすくなる。
「ハーフのタレントやゲイについての発言は差別的におもえる」?

引用した文章をよむと芸人に関して言及した記述以外は、いずれも「ではないのか?」「勘繰っているからです」「みています」「ではないか?」と、推測にすぎないことがわかる(断定していても証拠がないなんてざらではあるが)。

つまり「芸人・同性愛者・ハーフがテレビに出ることは陰謀じゃないかと思うので罵ってもいいんだ」と、かなり苦しい言い訳をしているということである。

今回のことから言えることは、リチャード氏は人から注意されても自らの行為を改めることはせず、陰謀のせいにして正当化を図るということである。

 

◆能力の問題という気がしてきている

今回やこれまでの発言などを見るにつけて思うのは、「リチャード氏は差別を悪いこととわかっているものの、どんな行為が差別にあたるのかを認識する能力がないのでは?」ということだ。

たとえば今回引用した文章。
「ホモ」についての記述にて「自分の属する世界に市民権を与えようとした」という書き方があることから、同性愛者が市民権を得ること自体に問題があるという認識がうかがえる。

また「意味が分かりません。解説乞う。」にかかわっている、10月22日の講演「これがホンモノの日本人」では以下のような発言をしている。

「そうする(テレビをつける)と必ず、下品な芸人とホモと混血児が出てくる。こればっかり。
芸人・ホモ・混血児。芸人・ホモ・混血児。芸人・ホモ・混血児。こればっかり。なによこれ?
日本じゃないよここ。気が狂ってるとしか思えないよ
なんだか知らんけど、オネエ言葉の男がいっぱい出てきて、必ずいるじゃない一人でも。
なんかバラエティ番組で10人出てきたら1人や2人はホモじゃない。
俺はっきり言うよ、ホモだホモ!

なんでそんなねえ、日陰の人種がテレビに堂々と出てくるんですか?おかしいよ。
びっくりしたのは、NHKまで出てくるんだよ。気でも狂ったのか?
俺が総理大臣だったらね、ホモは出演させないよ。法律作って。
『ホモ禁止法案』。文句あったら俺に言ってください。
ホモが悪いとは言わない。ただね、『普通でないもの』をね、どんどんどんどん前面に押し出して社会の中心に持ってこうとしてる。」
(02/08 0:15 なぜか珍しく一人称が「俺」である。マッチョさをアピールしたかったのだろうか?)

「ホモが悪いとは言わない」と言っているが、そういう「日陰の」人たちがテレビに出演することは法律で取り締まらなければならない程度に悪いことであると考えてはいるようで、そういう考えが差別的であるという認識はないようである。

また今回のことでは話題に上がらなかったが、部落出身者に対してもリチャード氏の考えはかなり問題があり、2011年1月8日の講演「ロシア」では、部落はマイノリティだから総理大臣になってはよくないと考えているようである(動画 11/12 6:36~)。
「差別云々ということを言いたくはない」「部落が悪いなんて言ってない」と言っており、「差別はよくないこと」という認識を示しているが、マジョリティでない(とっくの昔に廃止された身分制度なんだし、どこ出身だろうが普通の日本人でしょ……)からダメという考えを示し、「左翼だから」「北朝鮮とつながっている」という陰謀論的な認識であっという間に正当化してしまう。

彼にとって、マジョリティとマイノリティとでは権利について格差がついていて当たり前であり、そういう状態が不平等であるとは認識していないのだ。
そしてそういう状態を要求することが差別に当たるということが認識できていない。

「差別はダメ」と言葉ではわかっているが、その言葉の意味は理解していないのだろう。

【2011/12/25 追記】
当記事について、時間が経ってから「ちょっと極端に書いてしまったかな」と感じました。
リチャード氏が地震の発言を差別と考えていないのは、彼にそういったものを認識する能力が欠けているというより、彼が普段見せるトンデモさんによくある傾向のあらわれの一つではないかと思い直すようになりました。

リチャード氏が自分の陰謀史観に沿った情報を発信する際、個人ブログや陰謀論系の掲示板の書き込みなどを読んで「なんとなく感じたこと」を“ほぼ真実を突いたもの”として発表するのに対し、他の人間がコメント欄にリチャード氏の考えにはそわない「なんとなく感じたこと」を書き込んだ時には、論拠を明確にするようやかましく要求することがあります。

リチャード氏の差別発言に対する無自覚さというか自分の潔癖さに対する強い自信は、そういう「自分の都合のいい話には甘く、都合の悪い話には厳しい」という「いつものやつ」なんでしょう。


《参考記事》
「ハーフのタレントやゲイについての発言は差別的におもえる」?
今日も快調だな。
意味が分かりません。解説乞う。
「芸人・ホモ・混血児。芸人・ホモ・混血児」
richardkoshimizu’s blogより)

《参考動画》
2011年10月22日伊豆西浦座談会「これがホンモノの日本人」
2011年1月8日北海道小樽講演会「ロシア」

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