古きをたずねる

先日、安田浩一著『ネットと愛国』を読みました。

この本を読んでて思ったのは、「この手の嫌韓デモやってる人って陰謀論者に分類できそうだな」ということ。

在特会らが主張する「在日特権」の中にはリアルに存在する権利(特権というほどかは怪しい)もあるのだが、同時に完全に途方もない話(光熱費や水道代の免除や「採用試験の在日枠」など)も存在していおり、現実に存在しない陰謀を語る「陰謀論」の領域に踏み込んでいるように思える。

インターネット上では「○○は在日に乗っ取られている」という主張が多数見受けられ、「パチンコ業界」のような比較的マシな主張もあるが、メディアに「在日枠」があるといった珍説もはばをきかせている。
「在日」の部分を「ユダヤ人」や「イルミナティ」、「レプティリアン」、「イエズス会」、「フリーメーソン」などと置き換えれば十分陰謀論の説の一つとして通用しそうな勢いである。

2011年にはフジテレビ抗議デモなんてあったが、彼等の主張には「『笑っていいとも』のクイズに使用されたランキングでキムチ鍋が1位だった」(出典のランキングが完全に嘘だと判明しているとかいった根拠がないなら、事実として受け止めるしかないだろう)とか「ドラマに一瞬だけ映る小道具に反日的な文言や親韓的な文言が使われている」(そういったものが全体のうちどのくらいを占めるのかを全く調べず、ただそういうケースに当てはまると解釈できるのだけ集めても意味がない)とか、酷いものになると「『すぽると』のロゴマークは韓国の国旗のサブリミナル」といった主張まであった。
活動を健全に保つためにはこのようなトンデモな主張は排除するべきだと思うのだが、小道具や『すぽると』については主催者が作成したビラにまで書かれていた。
主催者自らこんなこと主張しているようでは話にならない。

 

◆輝号(かがやきごう)

こういう変な方向に走った「愛国」は現代特有ではなく、過去にもきっといくつもあったのだと思う。
私自身が知っている最もインパクトが強い「愛国」系トンデモは「ブラジル勝ち組事件」である。
最初にこの話を読んだのはASIOSの『陰謀論はどこまで真実か』であったが、あまりのぶっ飛び具合に心奪われてしまった。

勝ち組-Wikipedia

これは太平洋戦争が終わった後、情報不足ゆえに日本がアメリカに勝利した(戦時中の彼らの情報源は、大本営発表の嘘にまみれたラジオ・トウキョウだった)と信じた人たちが日系ブラジル移民社会に大勢おり、日本が戦争に負けたと主張する人たち(地元のポルトガル語の新聞などを読むことが出来た教養のある人たちが中心)と対立した事件である。

日本が勝ったと信じる「勝ち組(信念派)」と日本の敗北を主張する「負け組(認識派)」の対立はやがて抗争へと発展し、死者も出ている(勝ち組が負け組を殺害するケースが圧倒的に多かったようだが、勝ち組にも死者が出ている)。

この勝ち組は戦後10年ほど活動をつづけており、その間(1949~1953年)雑誌を発行していた。
それが「輝号」である。

不二出版で出された『十五年戦争重要文献シリーズ 補集3 輝号〔ブラジル「勝ち組」広報誌〕』では、輝号の創刊号全頁と各号の目次と編集後記が収録されている。

当時の「勝ち組」の雑誌がどのようなことを考えていたのかを知る史料となると思うのだが、そういった高尚な目的は抜きにどういうことを書いていたのかを紹介(一部旧漢字・仮名遣いをなおしています)。

若し凡ゆる報道を信ずるなら、我々の頭脳は空虚になるであらう。それ程報道は信用を失ったのである。矛盾を突くは、各種デマ宣伝を拉して辛辣な批判を加へ、原子弾を手玉にとって翻弄している。それで何等怪我をしなかったなら原子弾も危険な物質ではないといふことになる。
(昭和24年8月号 「矛盾を突く」は同誌連載記事「突き当たる矛盾」の誤りと思われる)

突き当たる矛盾、ラヂオ月評の二編は、如何に各種報道が自己撞着に陥っているかを、事実をあげて述べている。今月号は原子弾をマ将軍に、最後の断定を下し、その実在を否定している。
(昭和24年9月号)

最近の新聞は、無条件降伏をしたといふ日独に関して、理解しがたい現象を報道している。凡ゆる報道を、無批判にそのまま信ずる時は、我々の頭脳は飽和されて空白になるであらう。突き当たる矛盾はそれ等報道の撞着を、皮肉な筆を以って嘲笑し続けている。
(昭和24年10月号)

今次大戦は原子爆弾によって終局を結んだといはれているが、原子爆弾とは世に宣伝されているやうなものではないことは、誰でも気づいている。太郎冠者氏の「原子爆弾」は、米誌に掲げられてた記事からその正体をあばいている。
(昭和25年2月号)

また――突き当たる矛盾にはソ連が日本と戦闘を交えなかったことや、原子、水素爆弾の謎を暴いている。
(昭和25年3月号)

「もしあらゆる報道を信じるなら」という留保はおいているものの、基本的にマスコミの言うことを信じたくない、という気持ちにみちた文章である。昨今も似たような文章をそこかしこで見受けられる。

驚くのは原爆非実在説とでも呼ぶべきものがかなり真剣に唱えられていること。
ラジオ・トウキョウの大本営発表しか知らないのならば、本土が毎日のように空襲されていたり、硫黄島や沖縄での玉砕など知る由もないだろうから、有利に戦局を進めていたはずの日本が突然たった2発の新型爆弾だけで負けたと聞かされたようなものなのだろう。
確かに信じるのは難しいのかもしれない。

 

訪日者達の話しは、平穏に戻りつつある邦人社会に一石を投じた。森田氏に訊く、街頭珍話、訪日講演会等の記事を読まれたなら、読者は、彼らの談話の中に、すだれを通して向ふを見るやうな、被ふべくもない曖昧さを感じられると思ふ。よく批判を加えられ、真相を推断されたい
(昭和24年9月号)

水泳選手は、「日本から来た」といふ点で、時局に結びつけ、興味を以て見られている。しかし我々は――彼らは純然たる運動選手の資格で来たことを忘れてはならぬ。何等時局とは関係がないのである。もし何か継がりがあるとすれば、彼らの世話をやいているのは認識者達である――という点である。しかもこれは非常に大きな意味を示すに違ひない。
(昭和25年3月号)

日本から来るといはれる雑誌は沢山あるが、孰れも日本の敗戦を物哀れに宣伝しているか、さうでなかったら羞恥なくしては他人の前では開かれないやうなものばかりである。若し事実日本から来るのであったら、たとへ敗戦したと仮定しても、少しは良心的なものがあっても好いはずである。
(昭和25年6月)

どうもこの当時、日本へ行ってきた人や日本からやってきた人たちから当時の日本の状況について話を聞く機会が設けられていたようだが、勝ち組の人たちはその話をかなり疑ってかかっていたようである。
日本から来た水泳選手については「彼らの世話をやいているのは認識者達である」ということで、何やら負け組の人たちが勝ち組の人たちをだますために何やら糸を引いているのかもしれないと訝しんでいるようである。
ASIOSによれば「現代の架空戦記も真っ青な、アマゾン奥地に作られた「新日本」などという話をでっち上げて日本の敗戦を信じようとしなかったのである」(『陰謀論はどこまで真実か』 131ページ)ということだから筋金入りである(とはいえそこまでの陰謀論を唱えて敗戦を拒否する人は勝ち組の中でもさすがに少なかっただろうが)。

 

当時の日系ブラジル移民社会と現代の日本では、情報の入手しやすさにおいて雲泥の差があるのだが、なんだか言っていることは大して変わりがない。
人がトンデモな領域に足を踏み入れるか否かにおいて重要なのは情報量ではなく、どのような情報を信ずるに足ると判断するかにかかっているのだと思う。

 

おまけ

ちなみにこんなのもある。

ユダヤ民族を無視して、地球上のあらゆる現象を論ずることは出来ない。それ程ユダヤ人の政治的経済的勢力は絶大である。「ユダヤ民族運動概観」は彼等の目標と政治的、経済的、軍事的奇怪な活動を暴露している。
(昭和25年7月号)

「ユダヤ民族運動概観」に述べられた事は、多くの読者に意外なことばかりだったと思ふ。彼らの運動は大掛かりであるにも拘らず、殆ど世に知られていない。それ程巧妙なのである。我々の世界観には一つの変動を起こさせるに足る記事である。
(昭和25年8月号)

ユダヤ民族に関する著作は沢山あるが、「ユダヤ民族運動概観」の如く、理屈を抜きにしてこれほど赤裸々に述べたものは少い。これを読んで、戦りつを覚えたのは編しゅう者だけではないと思ふ。祖国を失った人々もいつかはかうした苦しみを体験しなければならないであらう。
(昭和25年9月号)

こんなところにもユダヤ陰謀論が顔を出している(引用した3つの号の目次を参照すると、「シオン賢者の議定書」を邦訳したことで知られている四王天延孝の「ユダヤ民族運動概観」という記事が掲載されている )。
まあ、戦時中ユダヤ陰謀論はある程度日本に浸透していたらしいので、戦時中の価値観を引きずり続けた勝ち組の人たちが信じていてもさほど不思議でもないかもしれない。

 


《参考図書》

 

十五年戦争重要文献シリーズ 補集3 輝号〔ブラジル「勝ち組」広報誌〕

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