鉄人堂妄語録陰謀論

今回は陰謀論の中でも、当ブログに関して一部の人が信じている陰謀論を紹介する。

よく読ませていただいているASIOSの謎解き本の体裁で書かせていただく。

 

【伝説】 鉄人堂妄語録とリチャード・コシミズはグル!?

「鉄人堂妄語録」というブログがある。
zingorohという、読み方のよくわからないHNを使った匿名の人物が書いているブログである。

このブログ管理人はユダヤ金融資本に雇われた工作員であり、ネットジャーナリストであるリチャード・コシミズ氏と彼の率いる独立党を誹謗中傷し続けている。

ところが2013年。
とある記事がきっかけで、この鉄人堂妄語録とリチャード・コシミズが実は手を結んでいるのではないかという疑惑が生じてきたのである。
問題となったのは、鉄人堂妄語録に書かれた『平成25年行ケ102号裁判』という記事。

この記事では2013年に行われた不正選挙裁判の様子が非常に詳しく書かれており、鉄人堂妄語録によると、ブログ管理人自身が裁判所へ足を運び、口頭弁論や判決の現場を見てきたという。

しかしその様子を描いた文章の中に、不自然な記述が紛れ込んでいるのである。
口頭弁論を見学した時のことを記した文章の終盤である。

この騒ぎの後、独立党員らは裁判を扱った第21民事部に向かうとして、みな法廷を後にした。
通常であれば行われる閉廷の宣言や退出の指示も、彼らの大騒ぎによって実施されなかった。

私以外のすべての傍聴人は独立党員(あるいは不正選挙陰謀論支持者)だったのだろう。

静かになった傍聴席に残っていたのは私一人である。
職員の方が申し訳なさそうに「それではこれで閉廷としますのでご退出ください」と声をかけてきた。

おかしくはないだろうか?
法廷に残っていた最後の一人が自分だったと告白している鉄人堂妄語録管理人を、リチャード・コシミズ氏はいつまでも特定せずに放置しているのである。

長年自分たちを攻撃してきた人間を突き止めずに放っておくなど、不自然極まりない。
そう、リチャード・コシミズはすでにユダヤ金融資本の手先となっており、水面下では鉄人堂妄語録と手を結んでいるのである!

 

【真相】 特にそういうことはございませんのよ。

上の【伝説】に書いたことを信じている人や主張している人が実際にいるのである。
おそらく発端は元独立党員で、不正選挙裁判を境に独立党から追い出された定額給付金男(cocologh09)氏が自身のブログ記事、『【転載】平成25年行ケ102号裁判』に書きこんだコメントである。

この話はごく一部の人に真剣に受け止められたらしく、今も2ちゃんねるの「リチャード・コシミズ~世界の構造~」スレッドなどでは、同様の主張を粘り強く訴えている人がいるのである。

誰かがきちんとした反論するかなあと1年近くのんびり眺めていたのだが、特にそういうことをする人もいなかったので自分自身の手でデバンキングすることにした。

 

・物事を順に追っていけば、個人特定は不可能だったことはあきらか

どういう順序で裁判やブログ記事の投稿が行われていれば、リチャード氏らは私個人を特定(容姿を写真に収める等)できただろうか?

ありうるのは「口頭弁論→当ブログで口頭弁論の記事を書く→判決日→当ブログで判決日の記事を書く」という順序で物事が進んでいた場合である。

この場合、口頭弁論に私が傍聴人席にいたという告白をもとに、「口頭弁論で最後まで傍聴席にいた人」の容姿を記憶しているメンバーが、判決日に私のことを探せば特定可能である。

だが実際には物事はそういう順序ではおきていない。
「口頭弁論→判決日→当ブログで口頭弁論と判決日の記事を書く」という順序だったのだ。
口頭弁論と判決日のことを判決が出された後に、一つの記事にまとめて書いているのである。

つまり口頭弁論と判決、すべてが終わった後になって、「あそこにいたのは実は私だったのさ!」と正体を明かした形になるのである。
口頭弁論の日はおろか、判決日にでさえ、「傍聴席に鉄人堂妄語録を書いている人間がいる」なんてことを、独立党員もリチャード氏も想像だにしていなかったことだろう。

私自身、口頭弁論の直後、その奇態を文章にして公表したかったのだが、個人特定をされる可能性が出てきてしまうため、口頭弁論に行ったことをきわめてわかりにくい形で暗にツイートしたものの、それ以上公には何も書いていない。
口頭弁論の様子はとにかく下書きだけにとどめ、あとは判決日までウズウズしながら過ごしたのである。

 

・独立党員たちの記憶に残っていなかった可能性さえある

もし、私が口頭弁論の段階で記事を公表したとしても、独立党員が「口頭弁論で最後まで傍聴席にいた人」を覚えていなかったために、判決日に私を特定できなかった可能性も少なからずあった。

それは別に私が見るからに無個性であることに起因しているからではなく、リチャード氏らの目は完全に傍聴席から外れていたといっていい状態だったことにある。

口頭弁論当日、結審直後から彼らは裁判長と裁判所の係官の方々を敵視し、罵倒することに全力を注いでいた
彼らの目は完全に「敵」に釘付けになっていたのである。
裁判官や書記官、係官、あるいは被告人席の選挙管理委員会メンバーをにらみつけ、怒号を発することに熱中しており、傍聴席には注意など全く払っていなかった。
ひとしきり騒いだ後には民事部に怒鳴り込みに行くという流れとなり、意気揚々と(?)法廷を出ていった。

最初の方に法廷を出た人はだれが残っていたかなんて当然わからないだろうし、最後の方に出ていった人たちについても係官らを睨んだり罵声を飛ばしたりだった。

ちなみに私の直前に出ていった独立党員らしき長髪の男性は、「あんたたち(係官)のそのひきつった顔、絶対に忘れないからな!」と捨て台詞を吐いて出ていっていた。
私には全く目もくれていなかった。

独立党員らは「誰か一般の人らしき人が最後に残っていた、これを機に不正選挙のことをネットで調べて覚醒する幸運な人」ということくらいは認識していたかもしれないが、顔まで覚えていたかどうかはかなり怪しいものである(さらに言えば口頭弁論から判決までは1か月近く間が空いている)。

 

・リチャード・コシミズからは離れたものの、陰謀論からは離れていない思考回路が奇説を生んだ

この「鉄人堂妄語録とリチャード・コシミズはグル」という陰謀論は、鉄人堂妄語録を「陰謀説の火消をして回る工作員」と捉える一方で、リチャード氏をも「陰謀組織の手先となった裏切り者」として「敵」という同一のカテゴリに放り込み、かつ一元化してしまったから生まれたのだろう。
自分が敵視する人間がすべて一つにつながっている陰謀論者ならではの妄想の産物なのである。

リチャード・コシミズと対立し独立党を離れたといっても、その人が陰謀論から離れたことを意味するわけではない。
むしろ現状認識がこじれて、わけのわからない話が飛び出すようになるのである。

 


《参考記事》

【転載】平成25年行ケ102号裁判』(一票入魂!『選挙マニア総研』 より)

平成25年行ケ102号裁判』(当ブログ記事)

 

ちなみに、口頭弁論当日きわめて暗にではあるが、口頭弁論に行ったことをツイートしている。

あまりに暗に書いたため口頭弁論に行ったことに気付いたのは、チェレンコフ氏だけだった。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中