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リチャード小説を読んで:「3.11同時多発人工地震テロ」

4月20日の販売開始からおよそ一か月遅れとなったが、「3.11同時多発人工地震テロ」を入手し、読了した。

感想としては「控えめに言っても珍作」といったところか。

今回の本も前作、前々作に続いて(自称)小説である。
まずは小説としてこの本のツッコミどころを紹介する。

 

◆あいかわらずのスタンス

リチャード氏によれば「敵の次の対応を予想して先回りして警告します。ですから表現の自由度の高い小説の形をとる必要があるのです」ということで、小説なのだそうだ。
本の中に出てくる敵の「未来における計画」や「過去における実現を阻止できた計画」については十分な根拠に基づいておらず、筆者の想像の範囲を出ないのであしからず、という宣言だと自分は理解している。

また、あいかわらず「本書の内容を事実と関係づけて考えるのは読者の自由」という旨の文言が付記されている。
「根拠に乏しいからフィクションという体裁をとっているけど、事実として受け止めてほしい」ともとれるし、「事実じゃなかったと判明しても、信じたあなたの責任」と丸投げしてるようにも取れる。
こういうスタンスで本を出し続けていくことが「ジャーナリスト」にとってプラスに働くとは思えないんだが、今後も続けるのだろうか?

 

◆変わらない伝統の読みにくさ

読みにくさ、については前の2作とあまり変わっていない。
本文をぶった切って差し込まれる長ったらしい「資料」のおかげで物語(ないけど)の流れが寸断されてしまうという悪癖は健在だ。
資料と本文でフォントをかえるようにしたため、これまでのような混同がなくなったのはよかったが、引用したコメントについてはフォントを変えているときと変えていないときがあったため、途中で引用のフォントと本文のフォントがどっちがどうだかわからなくなってしまった。

 

◆がんばった、でもダメだった

小説っぽく書こうとがんばった!しかし頓挫した。
そんなリチャード氏の「作家」としての失速振りをうかがい知る事が出来るのが本書の特徴の一つである。

本の出だしは地震についての薀蓄を少し語り、地震にまつわる物語のスタートとして悪くなかったと思う。
序盤は災害や亀山モデルのプラズマテレビで震災の様子を眺めるロッケンフェラーの描写が細かくされており、巧拙のほどはともかくとして、世間並みの小説のスタイルを堅持しようという努力がうかがえた。

しかしそれも60ページくらいまで。
「(5)地震兵器」からは地の文とRKが会話をしだしてしまい、このあとはリチャード小説らしい説明セリフのみで構成されているといってもいい物語(?)が始まる。

一度この波をどうにかはねのけようとしたのか、83ページ「(6)トモダチ作戦」はいきなり「そのころ、太平洋上のある米艦船の一室では」なんて出だしで始まるんだが、それまでの過程で「そのころ」が一体いつのことなのか読んでるこっちにはさっぱりわからない状態である。
そしてその一室でローエンシュタインとモルデカイという二人の人物が会話をする様子が描かれていくのだが、やはりここでもコケた

ふたりの会話が始まる84ページでは「ローエンシュタインが寝不足の目を瞬かせながら口を開く」、「モルデカイが口を挟む」といった具合に書かれていたのだが、次のページからはローエンシュタインのセリフの前には「ロ・・」、モルデカイのセリフの前には「モ・・」という形で話者を区別するスタイルに特に断りもいれずに変更している。
小説というよりは台本のようだ。

それ以降は会話のキャッチボールメインで延々と人工地震について説明がラストまで続いていく。

ただ今回は地の文よりもジャーナリストRKの説明セリフが多く、RKと地の文との会話では地の文の出す質問にRKが答えるという上下関係が見られた。
主役の面目躍如である。どうでもいいけど

 

◆馬鹿っぽいセリフ、再び

過去2作についても紹介した馬鹿っぽいセリフ。
今回もところどころで登場人物たちがバカっぽさを醸し出している。

裏社会の面々は相も変わらず「とほほ」「嗚呼、参った」「あはは」「だめだこりゃ」など語尾をとり混ぜながら、三下っぽいせりふで我々を楽しませてくれることに余念がない。

「やっぱりな。俺たちどこまで狡猾なんだ」(126ページ)というセリフには特にしびれてしまった。
こんな小者っぽいセリフを吐くやつが世界を思い通りにしようとしてるというのだから、どうにかできそうな気持も湧いてくる。

しかし、「1台のPCだけで戦争を戦い、立派に勝利することができる。人類初の戦闘方法」(9ページ)の実践者、われらが主人公RKの口から飛び出したロジックも侮れない。

「地震兵器は存在します。核実験が行われると必ず地震波が発生します。つまり地震が起きます。ゆえに地震兵器は存在します。」
(60ページ)

うーん、何が「ゆえに」なんだかさっぱりだ。やはり日本の夜明けは遠いのかもしれない。

 

◆それが自慢なのはわかったから!!

今回の本は前作以上に内容の繰り返しが多かった。

「過去の人工地震・津波の計画」の話や「デモを暴徒化する計画」や「S価学会の60兆円」「定点反復人工地震」などの話がRK、地の文、裏社会のメンバーなど話し手を変える形で繰り返し出てくるのが印象に残る。

それらはリチャード氏が読者に強く訴えたいために繰り返して伝えてきているのかもしれないが、読んでいると「あれ、これってさっきも出てなかった?」と感じてしまう(このあたりは個人差があるだろう)。

そして最も多く繰り返してリチャード氏が我々に訴えかけていたのは「RKブログは1日に4万~5万アクセスを誇る人気ブログである」ということである。これが4,5回出てきた。

「ちまちました人生送るなよ。豪傑が生まれなきゃ、日本は再生しないよ。」なんてタイトルの講演をやってる人なのだが……ある意味正直ではある。

 

◆良くなった点もある

良くなった点。
それは宣伝ページが激減したことである。
前作では78ページ(355ページ~432ページ。過去の記事でページ数を77と書いていたが78の間違い)あったが、今回は367ページ~383ページの17ページ分。

本書の成し遂げたもっとも大きな功績だと思う。

 

◆ラスト

今回の本は説明セリフの応酬が延々と続く形で盛り上がりもアオリもなく、「さて、小説はこのあたりで一旦終わりにしよう」(365ページ)ということで打ち切られる。
なので、特にツッコむところもない。

いや、普通の小説はこんな終わり方しないので、そのことをツッコむべきなのかもしれないが、説明セリフが延々と続いているせいで「物語が途中で打ち切られた」という感想すらわかない。
「あ、おわりか。これで」と思ってしまった。

とりあえず、小説としての「311同時多発人工地震テロ」についてのツッコミどころの紹介はここまでとする。
陰謀論としての主張にツッコみを入れるのはまた次回。

《参考文献》