今回の記事ではリチャード・コシミズ著「小説911」について書かせていただく。
タイトルの通り、この本の主題は911陰謀論。
あまたある911陰謀論の中でも特にレアな「純粋水爆説」を主張するものである。
また著者は所謂「ユダヤ陰謀論者」であり、同書内では多くのユダヤ陰謀論が語られている。
ただし、911陰謀論以外でのユダヤ陰謀論については独自性は少なく、過去に語られていたものがほとんどで、そのあたりの話を広く収集しているマニアの方にとって斬新に感じるものは非常に少ないと思われる。
911陰謀論に関しても、「WTC7がまだ崩壊していないのにレポーターが報じた」話や「飛行機では電波が届かないはずの携帯電話から家族に電話した」、「テロ実行犯とされた人物の生存が報道された」「4000人のユダヤ人が事件当日WTCへ出勤しなかった」など、他の陰謀論者と同じ内容の主張なので純粋水爆に触れる部分以外はどこかで聞いた話がほとんどである。
この本と「2012年アセンションはやってこない」の読みにくさや、共通する内容については別途記事にしてあるのでそちらに任せるとして、特にこの本について書いていこうと思う。ほとんど共通する部分にとられてあまり書くことないんですけど……。
■どちらかといえば読みやすい
この本、どちらかというと読みやすいのである。「2012年 アセンションはやってこない」と比べると、である。
たしかに、引用文が文中にガンガン詰められていて流れを寸断するし、ブログの書式をそのまま本にしてるので段落の頭が1文字空いてなかったりして、そのあたりは読みにくい。
しかし、各章ごとにテーマがある程度しっかり分けられているので、その点でかなり読みやすい。すなわち「2012年 アセンションはやってこない」はその点で整理がされておらず、読みづらいということでもある。
章は以下のようになっている
- 第一章 2001年9月11日
- 第二章 老人たちの正体
- 第三章 911の目的
- 第四章 老人と黄色人種
- 第五章 邪魔者
- 第六章 落日
これだけ見ても大体の感じで内容は察しが付くと思う。
「2012年 アセンションはやってこない」は四章だてで、各章ごとにタイトルもついてテーマが分けられているようなのだが、似たような話が何度も出てくる感じがあり、あまり整理されているようには感じられなかった。
■各章の(ところどころ大まかな)内容
第一章は911当日のことである。
2001年9月11日にどのようなことがあり、どのようなやり取りがあったか、架空の人物たちの想像を基にした会話を通して読者へ伝えている。もちろんこの本はフィクションを標榜しているので、すべて事実とはつながりがないという建前となっており、おそらく本当につながりがない。
なんとも「いい味」出しているのは、陰謀を企んだロッケンフェルター老たちの会話である。
前回の記事で紹介した頭の悪い笑い声もそうなのだが、しゃべっている内容もなかなか愉快である。
「エイブラハム、WTC崩壊のメカニズムを手短に説明してくれ。ここに居る者で知らないものもいるだろうから。」
(『小説911』36p)
実に親切。この後説明セリフが続くわけだが、そこに話をもっていくための実にさりげない誘導である。
また彼らの会話から、実は陰謀論者によって指摘されるさまざまな”疑惑”が生まれる可能性をいちいち指摘しておきながら、何も手を打たずに実行していたうっかり屋さんな一面もゴロゴロと垣間見える。
「うまくいったぜ。この映像一体、いくらで売れるかわかりゃしないぜ。」
「あとは、俺たちの本当の国籍がばれないように気をつけないとな。」
(『小説911』15p)「航空機を乗っ取って、航路から反転させてWTCに突っ込ませることになっているアラブ・テロリスト・チームのリストを捏造したのですが、罪をなすりつけるパイロットや補助役の数が足りませんので、適当に現役の民間航空会社のパイロットなどをリストに入れてみたのですが。」
「ばか者。それでは、後になって、生きている、といったのが名乗りを挙げたらどうするんだ?」
(『小説911』23‐24p)「よしわかった。しかし、携帯電話が機上から通じないことを騒がれるとまずいな。」
(『小説911』29p)「今回、WTC7には航空機を突入させられませんでした。作戦上の不都合が生じまして。ですので、あそこも倒壊するとなると、航空機が突入していないのに、なぜ倒壊したのかと、あとで物議をかもすのではないかと。」
「う、うるさい!あそこはどうしても倒壊させなきゃならん。<後略>」
(『小説911』42p)「ローレン・レモか。あのオンナは、若いときはなかなかのいい女だったなぁ。あの女のいたローレンス・リバモア研究所は、レーザー核融合の世界的中心じゃないか。純粋水爆に一番近いところにある研究所だ。怪しまれないか・・・」
老人の危惧は毎度のことながら的中する。レモ女史の役割は、東京のKにより、数年後、真正面から指摘されることになる。
(『小説911』56‐57p)「その人選は、大丈夫か?あの男は、確か核兵器の、しかも、核融合兵器の専門家だろうが。なぜ、専門分野の純粋水爆使用の可能性に触れないのかと、疑われないか?」
(『小説911』59p)
これらの心配がすべて的中してみんなバレてしまった!というのがこのお話。計画としてはずさんだし、世界を裏で支配するにはあまりにまぬけすぎる。
それと下二つの「核技術の専門家が純粋水爆の可能性を示唆しないのは不自然」という話は、リチャード氏特有の視点からはそう見える、という話。
核の専門家だからこそ、“純粋水爆”なんてSF兵器が使われた可能性も実在する可能性も0であることがわかっていて、だからこそそんな可能性を示唆することはないだろうに、なんでこの人はこうひねくれた解釈をするのか。
「純粋水爆の存在は陰謀組織が秘匿している」という設定なのに、その手先の科学者が純粋水爆の使用をほのめかした主張をしたらそっちの方が色々と矛盾すると思うぞ。
第二章は過去どのような陰謀があったか、というお話。新しい話はないといっていい状態で、とくに話題がない。ここではほとんど説明文と引用文で構成されており、内容としては退屈だろう。
第三章はタイトルの通り911陰謀の目的の解説。
石油利権などもさまざまな目的があったという。石油については、現実にアフガニスタン紛争をすることで儲けることができたアメリカ人がいたわけで、話の内容全てがトンデモというわけではないだろう。
とはいえ、アフガニスタンでユダヤ人が麻薬を栽培する事業をやるとか、大イスラエル帝国建国だとかはとんだ話というしかないだろう。
その後話は911から反れて(あれ?)、北朝鮮のミサイルとミサイル防衛、中国の民主運動が陰謀であるという話へ、そしてここで東京のジャーナリストKが登場。颯爽と陰謀を暴き出す書き込み(2chと阿修羅)をしてHPに英文記事をアップロード。
そのため陰謀組織のエージェントやら宣伝大臣(秘密組織じゃないのかよ!)からメール。莫大な金で懐柔しようとしたり、賞金かけたとか脅してみたりするものの、次々とメールを公開されてむしろ大ピンチに。
それまで結構、著名な人間の暗殺とか堂々とやってきたのになんという手ぬるさ。
第四章は、陰謀組織がいかに日本を支配しているのか、という話。
ここでは「間接支配」という表現が使われ、日本人を装った「隠れ在日」がユダヤ人の手先として支配しているという話を展開。
ここで指名されている「隠れ在日」は「鯉墨腎一郎」、「嶽仲弊三」、「田池太作」の三人。誰をモデルにしているかはすぐにお分かりいただけると思う。
まあ、ぶっちゃけ小泉純一郎・竹中平蔵によって行われた政策と、創価学会会長が気に入らない、ということである。
「隠れ在日」説には特に根拠もないようで、お得意の引用も姿を見せない。
第五章は、ユダヤ陰謀組織の手先たちがいかに彼らにリクルートされ、ジャーナリストKの身を狙ったか、というお話。
こういうと、なんだかちょっとスペクタクルだが、この章は完全に独立党元幹部に対する個人攻撃である。
2008年に脱会した5人の幹部は、それぞれ金や仕事や女、薬物欲しさに志をまげて、リチャード・コシミズを裏切って出て行ったという話が、やたらと詳しく書かれている。
5人の幹部たちのプロフィールについての具体的な情報をベースに、陰謀組織に取り込まれる過程については全力で妄想したであろうことがうかがえる。
わし個人としては、この5人を単純にかわいそうと思っているわけではない(参照「敵か味方か、無能な愚民か」)が、文章が長大で悪意に満ちているため、引用文で紹介する気にはなれない。あしからず。
こういう人が右翼団体の人々の言行を「下品でとても日本人とは思えない」など言っているのだから、手におえない。
第六章は、サブプライムローン崩壊と常温核融合によって陰謀組織は凋落が訪れるだろうという締め。
サブプライムローンの崩壊とその余波による不景気を思うと、「サブプライム大明神」などといってはしゃいでいるこの人の神経は理解できない。
そしてオバマ政権はユダヤ最後の傀儡政権で、夜明けは近いのだという。
このひと、かつての米大統領候補者選びの民主党代表選挙ではヒラリーがユダヤの手先なので勝つって言ってたんですけどね。
そして最後には常温核融合。
リチャード氏が実現すると強く信じて疑わない荒田技術について紹介。
一部の「ユダヤの手先」のブログから否定的な記事をかかれているものの、自分のブログはPVが多くたくさんの人が歓迎的なコメントを残している、みんなはこっちを注目していて否定的な意見の連中なんて相手ではないとアピール。
実際のところ、世間的には(インターネット上に限定しても)リチャード・コシミズも常温核融合技術もほとんど知られておらず、このギャップが実に哀しい。
■そしておわる
そして物語(?)は唐突に終わる。
「世界を根底から変える」、その壮大な試みに真正面から取り組む決意を胸中に秘め、Kは今日も、池袋の居酒屋、T屋で、中国出身の美女、チョウさん、カクちゃんを相手に親父ギャグを口走りながら、大好きなホッピーを飲むのであった。
なんだか「リチャード先生の次回作にご期待ください!」という感じの終わり方。
結局このKがやったのは、911陰謀論をネットの掲示板に書き込んで、自立党(作中での「独立党」の変名)を作って、幹部を疑って罠にかけて追い出し、A教授の研究のために金を集めた、という感じ。
巨大な陰謀組織に自身が近づくのは、向こう側からメールをもらった時くらいである。
小説として完結することなく終わってしまい、実に消化不良である。
■さいごに―ネットジャーナリズムって……
この本、構成としては世界的な陰謀からスタートして、日本国内の陰謀、そしてKの身近に起きた陰謀、というかたちで、ワールドワイドな話からだんだんとそのサイズを小さくしていく。
そのためか、後になっていくにつれて、説得力を付加するための引用元の「もっともらしさ」もだんだんと収縮していくように感じられる。
911陰謀論や古くからあるユダヤ陰謀論について語っているうちは、まっとうなニュースサイトの記事や海外のサイト(といってもrense.comという反ユダヤ主義サイトだったりするんだけど)からの引用がいくつも見られるが、だんだんと国内のサイト中心へ、最終的には自分のブログに寄せられてきたコメント郡中心になっていく。
コメント郡に関してはもはや単なる信者からの賞賛で、説得力を付加する性質のものではない。ただの自己陶酔の世界だ。
世界について語ってるうちは、引用元がニュースサイトだったり出来のいいインチキ話だったりして、もっともらしさも「それなりに」漂っている。
しかし、リチャード氏近辺での陰謀となると、リチャード氏自身の個人的かつ主観的な体験をもとにオリジナルで考えたものが中心となってしまい、出来がいい話とは言えず、説得力もない(「陰謀組織の手先が、嫌がらせのために庭にゴミをまいてくる」なんて話がいい例だろう)。
彼の提唱するネットジャーナリズムは、インターネット上に公開されてない情報を扱う領域においては陸に打ち上げられた魚のようなもので、個人的な体験に対する分析については自身の持つ想像力や判断能力が完全に露呈してしまう。
リチャード氏自身がオリジナルで考えた部分の出来の悪さを考えると、やはり小説ではない方がよかったのではないかと思うのである。
「2012年 アセンションはやってこない」のにおけるリチャード氏自身のオリジナルな陰謀論については、これ以上の酷い出来であることを予告して、今回の記事の締めとさせていただく。